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| 天下人-具足コレクション- 天下統一を目指した三英傑所用の具足フィギュアコレクション |
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戦乱の世を治め、天下統一を目指した三人の英傑。 |
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【織田信長】 南蛮胴具足<なんばんどうぐそく> 兜および胴丸部分に鋭角的な湾曲の付けられた、西洋舶載の具足。 弾丸が当たっても左右に逸らす構造になっており、防弾効果が高い。 信長の次男、信雄を祖とする天童織田家に南蛮兜が伝承された。 江戸後期に天童藩によって兜に合わせた胴部分が制作され、"織田信長公所用南蛮胴具足" として今日に伝えられている。 岐阜県/岐阜市歴史博物館蔵 義元左文字<よしもと さもんじ> 左衛門尉安吉 作刀 桶狭間の合戦において今川義元を討ち取った際の戦利品。刀の銘にその旨が刻まれている。 京都府/建勲神社蔵 重要文化財 【豊臣秀吉】 馬藺一ノ谷具足<ばりんいちのたにぐそく> 菖蒲の一種、馬藺の葉を日輪の光に見立てた後立を装飾した兜が特徴。 派手好きな秀吉らしい、絢爛豪華で美々しい具足。 大阪府/大阪城天守閣で復元品の試着可能 一期一振<いちごいっしん> 粟田口吉光 作刀 国宝 朝倉家→毛利家→豊臣秀吉→徳川家康→尾張徳川家→孝明天皇へと渡り、国宝として現存。 秀吉が自分の体格に合わせて摩り上げた為、やや短くなった。大坂城落城の際に焼けたが、 天下の名刀を惜しんだ家康は越前康継に命じて焼き直させ、尾張徳川家に与えた。 文久3(1863)年に第15代尾張徳川家・徳川茂徳(とくがわもちなが)より孝明天皇に献上。 【徳川家康】 金陀美具足<きんだびぐそく> 永録3(1560)年5月、今川義元上洛に伴い、大高城(名古屋市緑区)への兵糧入れ際に、 19歳の家康(当時:松平元康)が着用していた甲冑。 金箔張りの豪華さもさることながら、実用的な戦闘性能にも富んだ構造の名品。 静岡県/久能山東照宮蔵 重要文化財 革柄蝋色鞘刀<かわづか ろいろさや かたな> 伝:三池典太光世 作刀 静岡県/久能山東照宮蔵 重要文化財 |
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※本製品は食玩ではありません。 |
1個売り(オープンボックス) 上代:税込み8400円 発注単位 各1カートン (6個入り箱) |
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【歴史の寄り道】 織田信長vs徳川家康(=松平元康)『桶狭間の合戦』 永禄3(1560)年の桶狭間の合戦当時、徳川家康(=松平元康)は今川方武将として従軍。 尾張と三河の国境紛争は、信長の父である信秀の時代から続いており、幼い家康は織田家の 人質となっていた時代もある。三河の領主であった松平家の弱体化により、今川家の庇護下 に入ったが、家康は相変わらず人質として少年期〜青年期を過ごしている。 今川義元の上洛軍に従軍した若き家康率いる三河勢は、織田勢の目をかいくぐり、大高城 への兵糧搬入を成功させたが、桶狭間で今川義元が討たれた為、岡崎へと引き上げた。本領 である岡崎で今川家からの独立を果たした後、織田信長と同盟を結んだ。 豊臣秀吉(羽柴秀吉)vs徳川家康・織田信雄 『小牧・長久手の戦い』 本能寺の変で信長亡き後、実権を握りつつある羽柴秀吉に対して、信長の次男・織田信雄 (おだのぶかつ)が、天正12(1560)年に徳川家康と連合して秀吉に対抗した戦い。 戦いの舞台は愛知県北西部、現在の小牧市・犬山市・長久手町周辺。戦いは信雄・家康の 連合軍が優勢で、羽柴方の森長可(森欄丸の兄)、池田恒興(池田輝政の父)ら有力武将が 討ち死にしている。しかし、秀吉の懐柔策に乗った信雄が単独講和を結んでしまう。家康は 戦いの理由を失い、浜松城へ引き返して後、秀吉から講和の申し出があり、戦いの幕は閉じ られた。この講和の証として、家康は次男の於義丸(=結城秀康)を秀吉の養子とした。 豊臣秀吉vs織田信孝 本能寺の変で明智光秀に討たれた織田信長の弔い合戦、山崎の合戦では名目上とは言え、 総大将として戦った織田信孝だが、織田家の跡目相続を巡る清洲会議で、秀吉は信長の嫡孫 三法師を推挙。信孝は三法師の後見役として美濃国を相続し、岐阜城主となる。 しかし、主家の血筋であり、伊勢の名家である神戸家を継いでいた信孝にとって、織田家 家臣である秀吉の台頭は気障りであり、天正10(1582)年12月、柴田勝家と結んで秀吉に対抗 姿勢を示すも、北国の柴田勝家が雪で身動きが取れない事もあり、秀吉の美濃出兵に降伏。 翌天正11(1583)年、織田家筆頭家老の柴田勝家が秀吉に対抗して賤ヶ岳の戦いを起こすと、 信孝も再度挙兵するが、兄の信雄に岐阜城を包囲され、柴田勝家が北ノ庄で秀吉に敗れると 岐阜城を開城して降伏。現在の愛知県知多郡美浜町の大御堂寺に送られ、自害させられる。 信孝の辞世の句「昔より 主を内海の 野間なれば 報いを待てや 羽柴筑前」 大御堂寺(別称:野間大坊)は、永暦元(1160)年に源義朝(頼朝・義経の父)が家来の裏切 りによって暗殺された場所でもある。 信長・秀吉・家康の三英傑+源頼朝と戦国武将について 戦国武将のふるさと 戦国武将のエピソード、歴史散策コースの紹介など |